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無水銀アルカリ乾電池用セパレーター

PROJECT STORY 03 / 研究開発

川井 弘之
岡山事業所 産資開発部 部長
農学部 農芸化学科卒

アルカリ乾電池の仕組みとセパレーターの役割

アルカリ乾電池には正極に二酸化マンガン、負極に亜鉛粉末、電解液には強アルカリ性の水酸化カリウム水溶液が用いられている。電池内の正負極が混ざり合わないように仕切るためには、高い耐アルカリ性を備えながら電解液と馴染みがいい、そんな特長を備えたセパレーターが不可欠だ。
国産初の合成繊維としてクラレが製造・販売している「ビニロン」は、優れた耐アルカリ性や親水性を有していることから、アルカリ乾電池用セパレーターを中心とした用途に長らく利用されてきた。
そして、以前のアルカリ乾電池には、今の乾電池にはない特徴があった。負極の亜鉛粉末が電解液で自己溶解するのを防ぐために、亜鉛粉末を水銀でアマルガム化していたのだ。

プロジェクト発足当初の課題はビニロンの緻密化

水銀がアルカリ乾電池にとって欠かせない構成要素だった1984年。日本電池・器具工業会から、とある方針が発表された。

「使用済み電池の水銀による環境汚染を軽減するため、3年後を目処に乾電池の水銀含有量を1/3まで削減する」

世の電池メーカーはじめ関連企業に衝撃が走った。ビニロンを活用したアルカリ乾電池用セパレーターの製造・販売を行うクラレも例外ではない。クラレの販売部はすぐさま大手顧客である電池メーカーに今後の方針についてヒアリングを実施した。その結果は――

「段階的に水銀添加量を削減し、1992年にはアルカリ乾電池の無水銀化を達成する」

水銀の量を削減すれば、現状のセパレーターに用いているビニロンの繊維径では、内部短絡を防ぐセパレート性が不十分であった。クラレの販売、生産、開発は今後の方向性について議論を重ねた。

「セパレーターの空隙の細分化によって電解液の保持力を強くし、水銀削減による電池の内部短絡を防ごう」

そのために必要なのは、セパレーターに用いるビニロンの直径を限界まで細くすること。生産部は、技術力とノウハウのすべてを結集し緻密化に取り組んだ。従来のセパレーターには直径10μmのビニロンを使用していたが、紡糸ノズルと工程を見直し、短期間で直径8μmのビニロン量産化に対応。その成果に満足せず、すぐさま紡糸ノズルの設計限界である直径6μmのビニロン量産化の検討を始めたのだが――

「今のままでは、水銀添加量0.25%までが限界かもしれない」

ビニロンの緻密化だけでは、乾電池の無水銀化を達成できない可能性が浮上したのだ。さらに、その状況に追い打ちをかける報告が販売部からもたらされた。

迫り来る期限の中、方向転換を余儀なくされる

「他メーカーでより高性能なセパレーターの開発が進んでいるらしい」

直径6μmを凌ぐほどの繊維の緻密化に成功したのだろうか? しかし、それ以上緻密化すると自己溶解は絶対に避けられない。つまり、他メーカーはクラレとは異なるアプローチで無水銀化達成に近づいていることになる。無水銀化の期限まで残り1年のタイミングで発想の転換を迫られた。だが、クラレの販売、生産、開発の誰一人、諦める様子は欠片もなかった。

「ビニロン単体での緻密化に限界があるならば、他の繊維と組み合わせよう」

ここで開発部が目をつけたのが、フィブリル化が可能なセルロース繊維を組み合わせる方法だった。これを緻密化したビニロンと併せてセパレーターに用いることで、極限までセパレーターの空隙を細分化しようとしたのだ。
フィブリル化とは、繊維を毛羽立たせることである。この毛羽立たせるという行為は、いわば“程度”の問題。やりすぎれば繊維が壊れてしまうし、加減が足りなければ求められる緻密さを得られない。しかし、開発部には「絶対にできる」という技術的な確信があった。だからこそ、この手法の提案と採用に微塵の迷いもなかった。

販売・生産・開発が一丸となり、前人未到の成果に至る

ある国内繊維メーカーが、フィブリル化可能なセルロース繊維を製造していることを突き止めると、すぐさまサンプルを入手。電池評価を実施した。

「間違いない。この手法なら無水銀化に対応できる!」

その結果を受けて、販売部は繊維メーカーとの供給交渉に臨んだ。時間的余裕がなかったため、交渉の結果を待たず、生産部はセルロース繊維を短繊維にするための設備の変更に着手。開発部はセパレーターを量産化工程へ乗せるためのプロセスの実装に取りかかった。
凄まじいスピードで物事が進み、絶望的な状況を覆しつつあった。ようやくセパレーターを試作して電池メーカーに提供しようとした矢先、セルロース繊維の使用に起因する異物混入が確認されたが、この解決も迅速だった。繊維メーカーの技術者との協働で、すぐさま異物混入の原因を突き止め、改善に向けた対応を実施。極めて短期間で異物混入ゼロの供給体制を整えたのだ。
そして1992年3月。顧客である電池メーカーより、世界初の無水銀アルカリ乾電池が発売された。その乾電池に用いられていたのが、クラレの無水銀アルカリ乾電池用セパレーターであったことは言うまでもない。

―開発成功、その後-

無水銀アルカリ乾電池が発売された1992年、アルカリ乾電池の日本国内における生産量は8億個だったが、2000年には16億個にまで伸びている。世界での総生産量は実にその10倍だ。ここまで市場が伸びた要因について、無水銀アルカリ乾電池用セパレーターの開発とセールスエンジニアを務めた川井はこう話す。

「水銀による環境へのデメリットがゼロになったのが大きいでしょう。想像してみてください。もし、乾電池の無水銀化が実現していなければ、水銀を含んだ億単位の使用済み乾電池が廃棄され、環境に深刻な影響を及ぼしていたことになります」。

もしそうなっていれば、乾電池は環境に有害なものだと判断され、その使用が法規制されていたかもしれない。

「無水銀化によるメリットはほかにもあります。緻密化によってセパレーターを極限まで薄くすることが可能となり、正負極の内容量が増えることで電池性能が向上したのです」。

電気製品が多様化した昨今においては性能だけではなく、長期的に安定して使用できることも乾電池の価値として求められるようになった。

「そうした世の中のニーズも注視しながら、乾電池の用途に合わせたさまざまな特長を持つセパレーターの開発に、今後も精力的に取り組んでいきます」。

各社員の所属・内容は取材当時のものです。

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